名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野

ホットメルトフィルムを用いて生体高分子の
3次元質量分析イメージングを実現

ヒト血液の前処理に「PRESSURE+ 96」
「EVOLUTE® EXPRESS ABN」を活用

名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野
名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野

ホットメルトフィルムを媒体としたLMD-MS法(Laser Microdissection Mass Spectrometry)はペプチドや核酸などの生体高分子を高分解能で3Dイメージングする世界初の技術として開発され、科学技術振興機構の研究成果展開事業「先端計測分析技術・機器開発プログラム」の成果として2014年に発表されました。今回は、LMD-MS法を開発し、その応用研究において夾雑物がイオンサプレッションを起こしがちなヒトの細胞組織や血液の前処理に、 固相抽出カラム「EVOLUTE EXPRESS ABN」と通液のための加圧装置「PRESSURE+96」をお使い頂いている、名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野の澤田 誠教授にお話しを伺いました。

― ホットメルトフィルムを用いたLMD-MS法は世界で初めて生体高分子試料の3D質量分析イメージングに成功したと伺っています。どのようなものか教えていただけますか。

名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野澤田先生 :
LMD、すなわちレーザーマイクロディセクションとは、レーザー照射装置が組み込まれた顕微鏡を使い、組織切片を観察しながら標的とする細胞群をレーザーによって切り出す方法です。また、MSとは質量分析計のことで、LMD-MS法はその両者を組み合わせて使える技術です。

LMD-MS法の3D質量分析イメージングで用いているMSの一つはMALDI-TOFMSで、マトリックスと混ぜたサンプルにレーザー光を当てることでイオン化された物質が、サンプルスライドに印可した高電圧による電位差でドリフトスペース内を移動する際、軽い、つまり質量電荷比m/z値が小さいイオンほど短時間で検出器に達することを利用して、成分の分析を行う装置です。

従来、LMDは質量分析とは相性がよくないとされてきました。一般的なLMDでは欲しい部分の回りをレーザー光で焼き切って切片を取り出しますが、この方法だと熱により脂質とアミノ酸がランダムに結合するメイラード反応が起き、生体内に無かった物質が大量に発生してくるので、質量分析しても訳がわからなくなってしまいます。

私たちはこれに対し、強い熱をかけずに組織を分離することができる、「ホットメルト・レーザーマイクロディセクション(ホットメルト法)」という手法を開発しました。ホットメルト法では、通常はサラサラで、熱をかけると溶けて試料に貼りつく性質を持ったポリマーフィルムを試料にかぶせ、顕微鏡を見ながら回収したい試料部位の1点にフィルム上から近赤外レーザーを当てて温めます。これにより、試料の必要な部分だけをフィルムに貼りつけ、回収するという方法です。

この方法で切り取られた生体試料には加熱による変性がないため、マイクロディスペンサーで加えた微量の溶媒に可溶化することで、MALDI法だけでなく、より精度や定量性に優れているLC/MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)やGC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析法)の試料とすることも可能になりました。また組織小片をフィルムに固定した形で切り出すため、組織の形を崩さず、位置座標を維持したまま質量分析を行うことが可能です。さらに新規に開発した座標再現機能によって、連続する複数の切り出し小片について測定した分子質量の分布イメージを3D表示することに成功しました。

◆アルツハイマー病の病理を解明

― すばらしい発明ですね。LMD-MS法は、どのような分野に応用できるのでしょうか。

澤田先生 :
LMD-MS法を用いて私たちが最初に行った研究の1つが、脳内の神経細胞周囲の環境を物質面から分析し、アルツハイマー病の病理を解明することでした。

アルツハイマー病では脳の神経細胞の周囲にアミロイドベータ(Aβ)ペプチドが不規則に生成されます。Aβは代謝されにくい性質があり、脳内に溜まると重合して神経細胞の機能を阻害します。これまでアルツハイマー病の病理については、「異常な働きをした神経の中で、あるタンパク質分解酵素が通常切断しない箇所を切断するようになり、それによって産出されたAβによって、それを作り出した神経細胞が死ぬ」という仮説が有力でした。ところが観察の結果、Aβを作っているのに死なない神経細胞が存在することがわかってきました。

Aβの生成過程では、まず41~42アミノ酸程度のペプチドが、より大きなタンパク質から切り出され、それが7~13個重合することで神経毒性が出てきます。ペプチドのモノマーが生成したところと重合が始まったところの分布をLMD-MS法で分析すると、同じAβでもモノマーとダイマーの分布位置は細胞2、3個分ずれていることがわかりました。このことから、最初にAβのモノマーを産生するのは神経細胞としても、そこでできたモノマーを重合させるのは神経細胞ではなく、その周囲にあるグリア細胞ではないかと考えられるようになりました。

このようにLMD-MS法を使うことにより、細胞1個ごとに生体物質の分布を視覚化できるので、たとえば神経細胞ごとに産生する神経伝達物質を分析することで、隣り合う神経細胞が同じ信号処理をしているのか、それともそれぞれ違う処理をしているのかといったことも明確にわかってきます。

◆新しいバイオマーカー発見の武器:ホットメルト-MALDI 法

澤田先生 :
さらに、研究の過程でホットメルトフィルムがある、なしで質量スペクトルのパターンが違っていることがわかりました。ホットメルトフィルムを使うと、Aβのような通常は見えない水に溶けにくいペプチドが検出されていたんです。このことから、ホットメルトフィルムにはMALDI法でのマトリックスへのイオン化干渉効果があることが分かりました。脳細胞のAβはグリア細胞により外部に排出されるので、血液や脊髄液中のAβを測定することで、アルツハイマー病の早期診断が可能になります。そこでヒトの血清を分析したところ、Aβ以外にも多くのペプチドを検出することができました。これらのペプチドは不安定なものが多く、血中では代謝されやすく、すぐに消えてしまいますが、実際に血液を質量分析で測定してみると検出できます。私たちの研究室ではこの現象について、「Aβなどのペプチドは、細胞外小胞の一種であるエクソソームの内部にあることで分解を逃れているのではないか」との仮説を立て、エクソソームを遠心分離機にかけて分析した結果、予想通り大量のペプチドを発見することができました。

この種のシグナルペプチドはアルツハイマー病だけでなく、様々な病気のバイオマーカーになり得ます。これまではエクソソーム中の微量ペプチドを検出する手段がありませんでしたが、ホットメルトフィルム上に溶融させた液体サンプルにマトリックスを塗布するホットメルト-MALDI法なら可能です。ホットメルト-MALDI法で病気の患者さんの血中のエクソソームを分析することで、その病気の新たなバイオマーカーが発見できる可能性があります。このような見通しの下に現在、ヨーロッパの研究グループや名古屋大学医学部のグループと私たちの研究室との間で、ホットメルト-MALDI法を使いさまざまな病気のバイオマーカーを解析していこうという、国際的なプロジェクトが始まろうとしています。

◆ホットメルト-MALDI 法の発展を支えたバイオタージの前処理製品

― 「 PRESSURE+ 96」と「EVOLUTE EXPRESS ABN」は、ホットメルト-MALDI法の中でどのように使われているのでしょうか。

澤田先生 :
ホットメルト-MALDI法では試料をホットメルトフィルムと溶融させた上にマトリックスを塗布して、質量分析計にかけますが、このとき生体試料を前処理せずにそのまま使うと、夾雑物の影響で鮮明なデータが得られないことがあります。とりわけ血中のアルブミンや中性脂肪はマトリックスの作用を抑制します。ヒトの血液には中性脂肪が多く含まれ、その含有量は人により違い、食事の影響も出るため、そのままだとペプチドの正確な測定ができません。私たちの研究室では分析条件を均一化し、より鮮明で再現性のよいデータを得るために、バイオタージさんのABNカラムを使って血液からタンパク質や脂質を除去し、ペプチドを効率よく抽出しています。ホットメルトする前のサンプルにカラムワークをかけて不要成分を除去することで、Aβなどのペプチドが正確に測定できるようになりました。

ホットメルト-MALDI法ではホットメルトポリマーによるイオン化干渉効果がABNカラムによる前処理を行うことでよりはっきりと出てきますし、LC-MSを使う場合も、ABNカラムでターゲットとなる物質を抽出して行うほうが効率よく検出できます。

脳疾患の治療薬の研究をしていると、血液中から脳内に移行する薬剤には脂溶性が高いものが多く、通常の抽出・分離方法ではなかなかうまくいきません。そうした物質の分析の前にバイオタージさんのカラムを使うと結果が良く、工夫によっていろいろな物質が質量分析で測れるようになってきました。

― 当社の製品を使われるようになった経緯をお聞かせください。

澤田先生 :
私は大学院生時代にドーパミンなどの神経伝達物質を電気化学的な方法で測定していましたが、その際、夾雑物があると測定しにくく、アルミナのカラム、イオン交換カラムの2段カラムで前処理をするとクリアに測れるという経験をしました。そこでホットメルト法の開発にあたっても、ペプチドを分離して測定するのに適したカラムがないか、インターネットで検索してみました。

名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野なかなかいいものがなかったのですが、たまたまキーワード検索でバイオタージ社の英文の「アプリケーションノート」がヒットし、読んでみると私の目的にぴったりのようだったので、連絡してサンプルを送っていただきました。試用したのは血液中のタンパク質と脂質を除去する目的で使う「ISOLUTE PLD+」と、親水性ポリマーベースの固相カラム「EVOLUTE EXPRESS ABN」です。このうちとりわけABNが、人の血液にLMD-MS法を適用する上で非常に有効とわかりました。

「PRESSURE+ 96」を購入したのは、担当営業の方から「たくさんカラムを立てると大変ですよ。これが あるとサンプルの処理が楽ですし、再現性もよくなります」と勧められたからです。ABNカラムともに、2016年9月に導入しました。

私たちの場合、研究室で最初に評価したのがバイオタージ社の製品でした。他社製品も見てはみましたが、その時はいいものが見つかりませんでした。今はまた違うかもしれませんが、現状でいい条件が出ているので、他の製品は検討していません。

ABNカラムについては、工夫することで最初の目的以外にも使えそうだとわかってきて、私以外の研究員もたくさん使っています。たとえば、バイオタージさんの「ISOLUTE C18」と「EVOLUTE EXPRESS ABN」を組み合わせることで、先ほどお話したエクソソームの分析にも使えそうだとわかりました。計画中の国際研究プロジェクトがスタートすると、バイオタージさんの分離カラムもたくさん必要になりそうです。

当初はこじんまりと質量イメージングの手法を開発してきたものが、今や大規模な国際研究に発展し、研究室としても研究の幅が大きく広がってきました。見ようによっては、これもバイオタージさんのカラムのおかげと言えるかもしれません(笑)。

― バイオタージ製品へのご意見・ご要望はございますか。

澤田先生 :
ABNカラムについていえば、より容量が小さなものが扱える製品が欲しいですね。キャピラリー(毛細管)のような細いカラムに対応するものがあると良いです。

容量が大きいと、ロスが大きいですし、濃縮するうちにペプチドの量が減ってくるという問題もあります。どうも吸着されているようなので、低吸着チューブも検討してみましたが、あまり効率のよいものがありません。もしフィルターとパックされたような、溶媒のボリュームも小さくて済む製品があれば、濃縮操作をしなくてすむので助かります。

今、生体機能の研究の方向は、これまでの臓器組織の分析から、シングルセル、単一細胞の分析へと向かっています。私たちも今、シングルセルでも使える条件を作ろうとしているところです。分析機器の感度も上がっているので、私たちのニーズとしては、より小スケールのサンプルを確実に分離・分析できるシステムが望ましいですね。

将来を考えるなら、リトマス試験紙ぐらいの大きさのフィルムの上に何種類かのポリマーがあらかじめコーティングしてあって、そこに尿や血液を垂らせば何種類かの分離ができて、「これとこれとこれを質量分析計にかけると、こういう物質が見えます」というような、バッチで処理できるキットがあると、臨床検査にも使えるでしょう。

名古屋大学環境医学研究所 生体適応・防御研究部門 脳機能分野血液を使ったスクリーニングも、血液型の判定のように耳朶採血で採れる10~20μLでできるように なると、より応用範囲が広がると感じています。現在の研究が臨床検査に使われるようになるには時間がかかるかもしれませんが、研究者レベルではもっと早くニーズが立ち上がるでしょうから、ぜひご検討いただければと思います。

― ご意見いただき有難うございます。今後とも宜しくお願いいたします。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。

インタビュー実施:2017年11月
PDFファイルダウンロード(1.8MB)

導入製品

親水性ポリマーベース固相抽出カラム&プレート
EVOLUTE® EXPRESS

URL:
https://www.biotage.co.jp/products_top/sample-preparation-products/evolute_express/

EVOLUTE EXPRESS は、確実で信頼できる固相抽出を実現するために開発された、親水性ポリマー固相です。従来品に比べてサンプルフローをさらに向上させており、多くの場合固相抽出におけるコンディショニングと平衡化のステップが不要です。

 

加圧式サンプル処理マニホールド
Biotage® PRESSURE+ 96

URL:
https://www.biotage.co.jp/products_top/sample-preparation-products/pressure_plus/

PRESSURE+ 96 は 96ウェルプレートに対応する、加圧式サンプル処理マニホールドです。個々に独立した加圧機構を採用しており、サンプルの粘性を問わず均一なフロー、安定した回収率を実現します。パラレル処理で、スループットの向上に役立ちます。

導入機関

名古屋大学環境医学研究所

URL: https://www.riem.nagoya-u.ac.jp/index.html

環境医学研究所は、1946年、名古屋大学の附置研究所として出発しました。そのミッションを「環境医学に関する学理及びその応用研究」にはじまり、「宇宙医学など特殊な環境下の健康科学」、「近未来環境がもたらす健康障害のメカニズム解明と予防法開発」と、その時代の研究の潮流や社会的要請などに基づいて変革して活動しています。現在では、神経系、内分泌・代謝、ゲノム、循環器などを中心に人体の恒常性維持機構や、疾患によるその破綻メカニズムに関する基礎医学研究と独自の創薬開発研究にフォーカスして取り組んでいます。

脳機能分野:
URL: https://www.riem.nagoya-u.ac.jp/noukinou.html