質量分析計を用いた生物学的モニタリングによる化学物質曝露評価法の発展に貢献
大量検体の前処理に自動サンプル前処理システム
「Biotage® Extrahera™」を導入
名古屋大学大学院医学系研究科 医療技術学専攻 病態解析学講座
名古屋大学大学院医学系研究科 医療技術学専攻 病態解析学講座の上山研究室では、現在、主にヒトの化学物質曝露量を評価するために、生体試料中の化学物質高感度測定法の開発およびその実践応用を行なっています。大規模疫学調査のような大量検体測定にも対応できるように「Extrahera」を導入した上山純准教授に研究の背景や機器導入の経緯についてお話を伺いました。
― 最初に、先生の研究内容をわかりやすく教えてください。
上山先生 :
私たちが日々、生活している中で曝露している化学物質がどの程度、体内に吸収されているのかを調べるため、生体試料に含まれる化学物質を測定しています。
「食物や環境中の化学物質が私たちの健康や子供の発育に影響を及ぼしている」という懸念が高まっていますが、実際にはどの化学物質がどれぐらいの量、体内に吸収され、それが私たちの体にどのような影響を及ぼしているのか、明確なエビデンス(証拠)はほとんどなく、あったとしてもきわめて限局されています。
そこで血液や尿など生体試料中にどれくらいの化学物質が含まれているかモニタリングし、「Aさんを100としたとき、Bさんは80、Cさんは2か3」というように個人差を明らかにして、そのデータとそれぞれの人の健康状態を突き合わせることで、化学物質と健康や発育との関係を明らかにする取り組みが世界的に進んでいます。大人だけでなく、子供や妊婦さんについても幅広く調査されています。
◆質量分析計により超低濃度の化学物質を測定
上山先生 :
私たちの研究室では、血液や尿を用い、1ppbレベルの、濃度のごく低い化学物質を高感度で測定しています。これは50mプールの中に角砂糖を入れたとして、それが1個であったのか、それとも1個の半分であったのかを判別できるレベルです。測定する化学物質は主に殺虫剤を対象としています。
質量分析計は、私が学生の頃は、なんでも簡単に計測できてしまう神様の機械のように思っていたのですが、自分で実際に使うようになって、実はそうではないことを知りました。
血液や尿をポンと装置に入れるだけではだめで、測定する前にきちんと前処理をして不純物を取り除き、粗雑な状態のサンプルをきれいに精製する必要があります。この前処理のテクニックが重要で、「いかにして適切な前処理を、短時間で、労力をかけずに行うか」がクリアすべき大きな課題になってきます。
とりわけここ5年ぐらいは、個人ではなく集団を対象とし、統計学的な手法を使う疫学研究で高感度分析を行うようになってきたため、分析する検体の数が増えています。以前は10~100検体を調べれば社会的にもインパクトがあった新規の測定項目も、疫学研究では性別、年齢、季節、地理的要因などで層別化することがあり、100検体程度では統計的な検討に不十分なことがあります。そのため扱う検体の数が1000検体、1万検体と桁違いのレベルになってきました。扱う検体のn数を増やすためには、前処理をいかにハイスループット化するかがポイントです。
そのためにどうしても自動前処理装置を導入する必要がありました。その必要性をここ2、3年痛感していたところに、ご縁があって、今年(2017年)6月に Extrahera を導入することになりました。
◆アフターフォロー体制も重要な検討ポイント
― Extrahera を知ったきっかけはどのようなものでしたか。
上山先生 :
「検体を置いてあとは分析結果を待つだけ」というほぼ完全な自動化を目指していました。しかしながらそれまで培ってきた測定法をそのままを機械に任せるには、膨大な予算と労力が必要で、「完全自動化」はひとまず諦めました。
「いろいろな手法を組み合わせた前処理をしたい」「50~100検体を同時に処理したい」という条件を満たすシステム構築を考え始め、悩んでいたところに分析機器を扱う販売商社の方から紹介されて、バイオタージさんの Extrahera を知りました。装置の説明を伺い、実物を使ったデモもやっていただいて、「うちのラボに合うな。お金をかけずに応用もききそうだ」と感じ、導入を決めました。
1つのポイントは、サンプルをマウントする部分のフォーマットがシリンジカラムだけでなく、標準規格である96ウェルプレートもカバーしていたことです。この規格であれば、いろいろなプレートを使うことができます。
また、私は「液液抽出もできないか」と考えており、これについても検討したところ、Extraheraで上手くいきそうだとわかりました。
実際に使ってみると、凍結してストックしてあるサンプルをそのまま装置の上におけば自動でピペッティングや希釈後にプレートに移すといった作業をしてくれるので、大変便利でした。プレートに一斉にチップが入っていく際、表面張力でチューブやプレートが浮き上がってしまうという問題があったのですが、それを防ぐための専用の押さえ金具も用意されていました。おかげで浮き上がりの問題を解消でき、助かっています。
前処理装置にはいろいろなメーカーの製品がありますが、バイオタージさんのいい点は、担当営業の方やラボのみなさんとユーザーとの距離が近く、きちんと機器の使用法からアプリケーション等々いろいろと面倒を見てくれることです。私たちの意見を聞いてくれるし、売りっぱなしではなく、販売後のフォローをしてくれる。
過去にLC-MS/MSやGC-MS/MSの装置を購入した際も、そこが決め手でした。正直なところ、同価格帯機器であればその機器の性能水準はメーカー間でさほど差はないと思っています。それよりアプリケーションが使いやすいか、相談窓口がどれくらい充実しているかが重要だと感じています。
◆前処理の自動化でデータ精度も向上
― Extrahera 導入の前と後で、作業はどのように変わりましたか。
上山先生 :
たとえば今朝、尿中のネオニコチノイドを測定したのですが、24検体の前処理が1時間半でできました。Extraheraの導入前には午後1時から5時まで、4時間かかっていましたから、時間にして半分以下です。検体数がより多くなると、さらに効率が良くなるので、以前の4分の1ぐらいで処理できていると思います。
Extraheraはカラムやプレートに液を通すとき、最初から高圧を掛けるのではなく徐々に圧力を高めていく加圧方式のグラジエント機能があっていいですね。尿サンプルの性状には個人差があり、前処理カラムに通りにくいものがあります。カラムを通りやすいサンプルは、いきなり圧を掛けるとすぐに落ちてしまいます。一方で時間をかけても落ちないものもあるので、最後にグッと圧力を掛ける方式はすばらしいと思います。
質量分析計は高感度化が進んでいますが、機器の開発は私には不可能です。したがって、サンプルの前処理をいかに改善するかに注力しています。Extraheraは、そうした研究の現場のニーズに応えて、新しい提案をしてくれたと感じています。
Extraheraの導入で前処理の作業にかかる人手は減らすことができたわけですが、それによって研究室の人数を減らすということはせず、楽になった分、扱う検体の数を増やしています。また生体試料の管理や、測定精度の管理にもこれまでより手をかけられるようになりました。
Extrahera でもう1ついい点は、測定精度が高まり、かつ安定していることです。大学の研究室の場合、測定を担当するオペレーターは主に学生なので、入れ替わりが激しいのです。修士なら2年で卒業して下の学年に引き継ぐわけですが、人が変わると同じ作業をしていても測定結果に違いが出てくる可能性があります。
疫学調査の場合、今日のデータを10年前、10年後と比較できることが重要で、そのためには年度を越えて一定のデータ精度を保っていなければなりません。私たちのデータは日本人を対象とした測定結果の一例として他の結果と比較検討されることもあるので、「時系列的にデータ精度を保つことができる体制で測定をしています」と言えることが必要なのです。
オペレーターの違いによる誤差の発生はその意味で頭の痛い問題で、どうしようかと悩んでいたのですが、Extrahera によって希望が見えてきました。プログラミングされた装置が処理するのであれば、オペレーターが替わっても測定結果に差は出ないと考えられますから。ですから Extrahera は、作業時間の短縮や省力化だけでなく、測定精度管理の上でも役立っています。
― Extraheraについてのご意見・ご要望はありますか。
上山先生 :
機械的なことでは、現行機の場合、検量線を作る場合や、5μL、10μLといった微量を添加する場合の分注精度がやや心もとない印象です。実際にカタログで分注精度が「50μLでプラスマイナス2%」となっていますが、もう少し低ボリュームの溶液を精密に添加できるようにしてもらえたらうれしいです。
貴重なサンプルの場合は特にロスが惜しいので、あまり大きなリザーバーの中に入れたくないということもあります。試薬リザーバーを小さくし、チップを細めにして10μL、20μLレベルで正確に添加できるようになれば、デッドボリュームが減り、貴重なサンプルを余すところなく使うことができます。
それから、「この量を吸うときはチップの先端をこの位置に置く」といった調節が自動で設定できると便利ですね。現行機でもマニュアル操作でチップの高さを調整できるようになっていますが、装置が自動で底面を感知して、それから5mm上げる、3mm上げるといったことができるとうれしいです。
その他、細かな話になりますが、メソッドの表示の順番が、現状ではアルファベット順に固定されていますが、同じメソッドを繰り返して使う場合に面倒なので、最後に使ったメソッドが一番上に来るように並べられるよう、ソフトウェアのバージョンアップで対応してもらえればうれしいですね。この問題にかぎらず、使い勝手に関わるバージョンアップはこまめにやってほしいです。
ソフトウェアや機能についてはどんどんバージョンアップしてほしいのですが、ベースとなる機械の規格はなるべく崩さないでいただきたいです。たとえば機械で扱うプレートのフォーマットが変わってしまって、昔のものが使えなくなったり、昔はつなげた機械がつなげなくなってしまうとなると、そちらまで一気に新しくしなければなりません。私たちのような大学のラボでは、単年度で一気に交換するということは難しいですので。
もう1つ、同じ装置を使っているユーザー同士が情報交換できる、「ユーザーの広場」的なウェブサイトがあるといいですね。ユーザーそれぞれが作成したメソッドをアップロードして、自由にダウンロードできるようにしてもらえたら、「ああ、あそこはこんなやり方をしているのか。うちでも試してみよう」ということが簡単にできますから。
― 今後も新機能の追加など進めてまいります。本日は長時間ありがとうございました。
インタビュー実施:2017年11月
PDFファイルダウンロード(1.7MB)
導入製品
自動サンプル前処理装置
Biotage® Extrahera™
URL:
https://www.biotage.co.jp/products_top/sample-preparation-products/extrahera/
加圧送液を採用し、“使いやすさ”を重視したコンパクトデザインのサンプル前処理装置です。ユーザーが装置を自由に使いこなせるようソフトウェアをデザインしているため、メソッド作成や様々な条件設定を簡単に行うことができ、すぐに新しいサンプル前処理を実行することができます。
導入機関
名古屋大学大学院医学系研究科 医療技術学専攻 病態解析学講座
1871(明治4)年、名古屋藩の仮医学校、仮病院として発足した名古屋大学は、2021年に150周年を迎える我が国で最も古い大学の一つです。医学部・医学研究科はその歴史の原点にあたり、本学が1939年に医学部と理工学部からなる7番目の帝国大学となり、第2次世界大戦後の1949年に新制名古屋大学として再出発した際も、伝統を継承しながら着実に進化を続けてきました。1997年には医学部に保健学科が設置され、現在は医学科と保健学科からなる2学科制のもと、現代の医療に貢献する人材育成に取り組んでいます。