法医学における薬毒物分析で活躍

~振らない液液抽出用珪藻土カラム「ISOLUTE SLE+」を活用~

東邦大学 医学部 法医学講座
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東邦大学 医学部医学科の法医学教室は、司法解剖などの鑑定試料における薬毒物の検出にバイオタージの「振らない液液抽出用珪藻土カラム ISOLUTE SLE+」を利用しています。尿や血液などのエマルジョン化しやすい試料を扱う際に、液-液抽出と同じノウハウを活用できる上に、分析時間を大幅に短縮できるとご評価いただいています。今回は、法医学講座の寺田賢 准教授にお話をうかがいました。

─ まず、先生のご研究のテーマとお仕事の内容について教えてください。

寺田先生 :
私は薬学出身ですが、学生時代に少し東京都監察医務院の化学検査室で検査のお手伝いをしていた時期があって、その関係で、杏林大学の法医学教室に縁があり、そこで化学ができる人間として薬毒物の鑑定や分析法の開発などの仕事をはじめました。

主な研究のテーマは、『社会的に問題となるような薬毒物の生体試料からの高感度分析法の開発』です。対象薬物は、主に覚せい剤やベンゾジアゼピン系薬物、バルビツール酸系薬物、抗うつ薬などの向精神薬、他に麻酔薬などが多くあります。法医学ですから、測定対象は臓器や血液などであまりきれいなものではありません。いままでで最も苦労した仕事といえば、三十数年ほど前になりますが、知人男性に覚せい剤を静脈注射されて死亡してしまった女性がいました。その男性は彼女を土中に埋めたのですね。それが4月のことだったのですが、その後逮捕され、9月に死体が掘り出されました。そこで私が死因である覚せい剤を検出しなければならないわけですが、土中だったためその死体の腐敗の進行度は遅く死蝋化していました。通常の抽出法やガスクロマトグラフィーでは夾雑物が多すぎて、覚せい剤のピークをみつけられないのです。

そこで、いろいろとクリーンアップを繰り返し、慶応大学医学部の法医学教室を通して共有機器室でその当時では最新鋭の検出装置であったガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で検出に取り組みました。試行錯誤を経て、やっと脳と肝臓と脾臓からそれぞれ覚せい剤を同定し定量化することができ、事件は解決しました。検出するまで半年くらいかかりましたね。

◆『過去の液-液抽出の知見を生かせることが利点ですね』

東邦大学医学部法医学講座
東邦大学医学部医学科 法医学講座 寺田賢 准教授
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─ やはりたいへんなお仕事なのですね。昔に比べ、分析技術の進歩も感じますでしょうか?

寺田先生 :
そうですね。1970年代はまだGC/MSは普及していませんでしたしGCの検出器も水素炎イオン化検出器(FID)が一般的でした。その後、GC用の窒素リン検出器が登場し、それをよく使用するようになりました。これは、化合物が窒素やリンを持っているとそれを選択的に検出できるもので、一般的なFIDよりも百倍から数百倍の感度を持っています。窒素とリンに特化しているので、生体試料に特有の脂肪などに由来する夾雑ピークを著しく軽減することができます。

その後 、イオントラップ型のGCタンデム質量分析(MS/MS)を使ってヘロインの摂取を証明したケースがあります。ヘロイン自体はすぐに代謝されてしまうので、脱アセチル化された代謝物(6-アセチルモルヒネなど)を検出するわけです。

また、ベンゾジアゼピン系の薬剤で低濃度なものは、イオントラップでMS/MSの方法をとることによりフルのマススペクトルが得られますので確実な定性が可能です。ナノグラムオーダーでベンゾジアゼピンを血液中から検出できます。

ただ、いまは液体クロマトグラフ質量分析計を使ったLC/MS/MSで行うのが一般的で使いやすいですね。

向精神薬も新たなものが出てきますし、それらを対象にした中毒事件が起きるケースもありますから、そうしたものも常に分析・検出できる準備をしていなければなりません。また、腐敗がひどかったりして通常のメソッドで検出できない場合もありますので、そういう特異な例に対応できる抽出法なり、メソッドなりを開発することにも取り組んでいます。

─ 分析前の抽出法も重要なのですね。ISOLUTE SLE+をご採用いただいたきっかけは何だったのでしょうか。

寺田先生 :
もともと生体試料からの抽出には従来法の液-液抽出で処理することが多かったです。その後、固相抽出も試したのですが、使用前に溶媒洗浄の活性化などの手間がかかりました。

ISOLUTE SLE+を紹介された時、基本的な原理は通常の液-液抽出と同じなので試してみる価値があるなと思いました。液-液抽出は、論文などのデータもたくさんありますので、そうした知見を生かせることが利点ですね。これまでのノウハウを活用しやすいです。また、尿サンプルなど通常の液-液抽出でエマルジョン化しやすいものでも、非常に短時間で処理できるのがメリットです。このあたりがISOLUTE SLE+を採用した理由になりますね。

◆法医学特有のエマルジョン化をSLE+が回避

─ ありがとうございます。あらためて、ISOLUTE SLE+の利点についてお聞かせください。

寺田先生 :
いまも少し触れましたが、通常の液-液抽出では尿サンプルはエマルジョン化することが多く境界が不明瞭になるので、食塩を入れて塩析して境界をクリアにしないと溶媒をきれいに取り除くことができません。ISOLUTE SLE+はエマルジョンを回避できますので、そういう繁雑で厄介な操作がいらないことは大きな利点です。ワンショットで抽出することができるのは、とても便利ですね。

また、法医学なのでいわゆる汚い試料も多いのですが、試料を直接試験管に入れて抽出する操作は、試験管の汚染などに問題がありました。ISOLUTE SLE+はディスポーザブル式なので、いつもクリーンな状態で抽出ができることがわれわれにとっては非常にありがたいです。

─ 尿サンプルの処理など、法医学特有の問題に対してもISOLUTESLE+がお役にたっているのですね。

寺田先生 :
そうですね。同様の問題は血液や臓器の一部でもありますから、そういうものにも向いていると思っています。

法医学の場合、主な対象とするのは、胃の内容物、血液、尿の3つが基本です。それ以外で、明らかな薬物中毒が疑われる場合は、脳や肝臓、腎臓などの主臓器における薬物の分布まで調べることになります。いずれの場合もISOLUTE SLE+をメインに使用しています。全血を使用する際は希釈して遠心後上澄みを採り、測定したりします。

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◆再現性にも優れた抽出法

寺田先生 :
しかし何よりISOLUTE SLE+を採用したポイントは、再現性にも優れている点ですね。再現性は検出の上では非常に大切になってきます。通常の液-液抽出ではエマルジョンなどによりCV値(Coefficient of variation;変動係数)が大きくなることもありました。ISOLUTE SLE+では再現性が非常に良いので、大変助かっています。

─ クリーンでかつ再現性が良い前処理法だということですね。

寺田先生 :
そうですね。固相抽出もクリーンな点では同様ですが、操作が少し面倒です。固相抽出では溶媒を一度流してカラムを活性化しないといけませんし、また、ロードや洗浄などの過程で一部のカラムが目詰まりを起こし、操作が均一化できなくなることもあります。ISOLUTE SLE+はそういう前処理は必要なく、ダイレクトにカラムにサンプルをロードし、且つ、操作を均一に行うことができます。

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また、1つのカラムで色々なサンプルのクリーンアップができますよね。固相抽出ではどうしても色々なカラムを使い分けなければならず、少し手間だと感じていました。ISOLUTE SLE+では目的に応じて、例えば最初に低極性の溶媒で流しておいて、そのあとにもう一度極性の高い溶媒で流すなど使い方を変えたりして使用しています。

─ ご活用いただき光栄です。逆に、問題点やご要望などはございますか。

寺田先生 :
通常の液-液抽出ですと、最初に酸性・中性画分を得て、次にアルカリにして塩基性画分を得るといった具合に、酸性度の異なる薬物を1つのサンプルから2度抽出できますよね。そういう使い方がISOLUTE SLE+ではできません。極性の異なる薬物を抽出するには2本のカラムを使わなければなりません。まあ、不便といえば不便ですね。

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─ メソッドの組み方によって解決可能だと思われますので、その点も含めて今後もサポートさせて頂きますね。
最後に、今後のご予定など教えて頂けますでしょうか?

寺田先生 :
2017年に改訂版が出版予定される『薬毒物試験法と注解』に掲載する向精神薬などの新たな分析法を提案しています。ベンゾジアゼピン系薬物とその代謝物やブロムワレリル尿素の分析法をメインに担当しているのですが、その測定に取り組んでいます。より簡便で精度の高い分析法が掲載できるようにしたいですね。

生体試料から抽出には液-液抽出を主体にやっているところも多いと思いますし、過去に多数報告されている液-液抽出法の文献も、ISOLUTE SLE+はそのデータをそのまま応用でき、さらに高い精度が出せます。短時間で測定でき、煩雑な操作もなくなりますから、これからますます使われるのではないかと思いますよ。

― 貴重なお言葉もいただき、本日は長時間ありがとうございました。

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インタビュー実施:2015年9月
PDFファイルダウンロード(2.2MB)

導入製品

振らない液液抽出用珪藻土カラム
ISOLUTE SLE+

URL: https://www.biotage.co.jp/products_top/sample-preparation-products/tn_sle/

ISOLUTE SLE+は、液液抽出をベースとした手法で、血漿や尿などの生体サンプルからタンパク質やリン脂質を除去し、ターゲット化合物を抽出します。厳密な粒径コントロールをした、生体サンプルの分析前処理用に改良した特殊な珪藻土を充填しており、分析ターゲットを高回収率で再現性良く抽出できます。

導入機関

学校法人東邦大学

URL: http://www.toho-u.ac.jp/

東邦大学は、「自然・生命・人間」を探求する自然科学系総合大学です。自然に対する畏敬、生命の尊厳の自覚、人間の謙虚な心を原点として、豊かな人間性と均衡のとれた知識を有する人材の育成を目標としています。医学部・薬学部・理学部および看護学部の4学部を擁しており、さらに大学院医学研究科、大学院薬学研究科および大学院理学研究科が設置されています。加えて、2013年には大学院看護学研究科(医学研究科看護学専攻からの改組)が設置されました。
創 立:1925年(大正14年)
学生数:4691人
教員数:842人
*数字は2015年5月現在