大阪府立大学BNCT研究センター

最先端がん治療〈BNCT〉研究にInitiator+を活用

大阪府立大学BNCT研究センター

大阪府立大学BNCT研究センターはホウ素の薬剤に特化した大阪発、世界初の研究拠点です。ホウ素薬剤化学研究室では次世代のがん治療【BNCT】(ホウ素中性子捕捉療法)に使用されるホウ素薬剤の研究・開発にInitiator+を導入いただいております。今回はBNCT研究センター特認教授の切畑光統先生にお話をうかがいました。

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大阪府立大学BNCT研究センター ホウ素薬剤化学研究室 切畑 光統 特認教授

─ まず、ご研究内容について教えてください。

切畑先生 :
このセンターで取り組んでいる中性子捕捉療法(BNCT)は効果的ながん治療法のひとつです。BNCTは、ホウ素の安定同位体10Bを含むホウ素薬剤をがん細胞にだけ取り込ませてから熱外中性子を体外から照射し、中性子と10Bが反応することで、10B原子を含んだがん細胞だけにダメージを与えることができるというがん細胞選択的な治療法です。がん細胞以外の正常細胞や組織にはほとんど害は及ぼさずに、がん細胞だけにダメージを与えることができるという点で、とても期待されている治療法です。ホウ素という元素をがん細胞の中へ運ぶだけで良いので、それ自身は薬効を持たなくていいわけです。BNCTは普通の薬の感覚とは違うという点でも、とても注目されていると思います。

BNCTで最も基盤になる要素技術は中性子源です。今は原子炉でなく「加速器」(=加速器中性子源 サイクロトロンなど)を使って中性子を照射しています。加速器は原子炉に代わる中性子発生装置で、ウランなどの核燃料が全く必要ありません。病院におけるほどの小型化も可能です。この加速器が開発されたおかげで、BNCT研究は一気に進展したのではないでしょうか。

その加速器が置かれている京都大学原子炉実験所が大阪府熊取町にあります。また天然に存在する10Bと11Bを分離する技術をもつ企業は世界に2社だけしかなく、そのひとつが大阪府泉大津市にあります。そういった背景から大阪府ではBNCTの研究ができる環境があると言えるかもしれませんね。

京都大学原子炉実験所では、原子炉からの中性子線によって、頭頸部がんや脳腫瘍、中皮腫、肝臓がんなどを対象にこれまで550症例くらい、行なわれています。病院併設型の加速器によるBNCTが実現すれば、もっと進展すると思います。

◆PETプローブ合成にマイクロウェーブが貢献!

─ このご研究にマイクロウェーブが使われているのはなぜでしょうか?

切畑先生 :
私たちの研究のひとつに「PET合成」というものがあります。「PET(=Positron Emission Tomography)検査」はがんなど体の中でより活発に活動している細胞を画像としてあらわす検査方法です。がんに取り込まれたホウ素化合物が体のどこにあるか標識するために放射性同位体18F(中性子が18個のフッ素)元素を使います。18Fを含んだ化合物がどこにあるか画像で確認することができるのです。そういった標識に使う化合物を「PETプローブ」と呼んでいます。BNCTに用いるホウ素化合物に、18Fを組み入れた[18F]FBPAをPETプローブに用いて、患者さんの体のどの部分にホウ素化合物が取り込まれたかがわかるようになります。

標識するための18Fはとても重要なのですが、18Fは半減期が2時間程度しか無いため、全工程をとにかく速く合成しなければならないのです。精製などの工程を含めて短時間で合成を完結しないといけません。

そこで「PETプローブの合成装置」を試作開発し、[18F]FBPAの合成を行っています。この装置にバイオタージのマイクロウェーブInitiator+を組み入れて短時間で反応させようとしています。通常の反応では長い反応時間が必要な工程をInitiator+が担ってくれています。この装置を導入することで、反応時間の短縮や合成収率を改善することができました。

反応の経路は私たちが考え、装置のほとんどの部分は外部企業により製作しています。今は各反応段階に必要な装置を並べて一連で反応できるようにしているだけなのですが、反応や装置が確立した後にはひとつの合成装置となる予定ですので、その際にはキレイに組み込まれることでしょうね。

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◆精製/マイクロウェーブ合成 ともにバイオタージ製品が活躍

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BNCT研究センター パンフレット表紙

─ マイクロウェーブ合成装置の中でも、Initiator+を選んで頂いた理由は何でしょうか?

切畑先生 :
最初に導入したバイオタージの製品はマイクロウェーブではなく精製装置(Isolera)の方でした。その頃、すでにマイクロウェーブのことは意識していましたが、まずは精製を、ということで精製装置を導入しました。

有機合成ではやはり精製の過程が非常に大事なので、どれだけ省力化して短時間できれいにできるかが重要でした。精製は体力勝負でしたからね…。

バイオタージ社のマイクロウェーブは、製薬会社にもたくさん入っていて非常に便利だとは聞いていました。

研究が進むにつれ、私たちの研究にもマイクロウェーブ合成装置が必要になってきたのです。「ホウ素クラスター」という非常に難しい化合物について研究していた頃、チェコの研究者たちが『クラスター表面の反応はマイクロウェーブを使わないと起こらない、マイクロウェーブが必須である』と報告していることを知りました。もちろん他の方法でも多少反応は起こるのですが、マイクロウェーブを用いた方が短時間で合成でき、反応収率が高いのです。そういった理由もあり私も導入することにしました。非常に反応効率が良いですね。その後、先ほどご紹介した[18F]FBPA合成へも使用していった、という流れです。

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切畑先生とPETプローブ合成装置

現在私たちの研究室には、バイオタージ社のマイクロウェーブが[18F]FBPA合成用の他にもう1台Initiator+ Eightがあり、有機合成用に使用しています。BNCTの特徴として“がん細胞だけ”にホウ素薬剤が集まるようにしなければならないのですが、ホウ素クラスターだけでは集まりません。色々と化学修飾させているのですが、その部分にマイクロウェーブや精製装置を活用しています。どういった部分に…などはまだお話できないことも多いのですが(笑)。

いま、多くの研究者がBNCTのホウ素薬剤を作ろうとしていますが、一番の注意点はホウ素薬剤を血中に入れる治療法のため、薬剤の毒性が低くなければいけません。そして、BNCTの治療が終わった後、速やかに排出されなければいけません。それに伴い肝臓や腎臓などにダメージがないこと、なおかつ尿から簡単に排出されること…という、ものすごく都合の良いホウ素薬剤が必要なのです。これらの点を工夫することがどの研究者も最も苦労する部分だと思います。

ですので、たくさんのホウ素化合物を合成してがん細胞への集積性や安全性を確認する必要があります。そういった点でもマイクロウェーブや精製装置は非常に助かっています。

◆Initiator+で反応条件の最適化も精密に

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有機合成で実際にお使いいただいている フラッシュ自動精製装置Isolera(左)と マイクロウェーブ合成装置Initiator+ Eight(右)

─ Initiator+を導入していかがでしょうか?

切畑先生 :
反応条件の検討を効率的に行うことができますね。安全装置がしっかりしているので終夜運転ができるのはとても助かります。大学でも安全性には充分気をつけなければいけませんし、この建物は他の企業の方も入っておられるので、安全には特に気を使っています。終夜運転が厳密に、なおかつ安全に行えるというのはとても大事ですね。

また、装置の操作が非常に簡単で、誰にでもすぐに使えるので助かっています。反応時間・反応温度を段階的に変化させることができるので、反応条件の最適化を精密に行うことができる点が良いですね。

従来のオイルバスとのもうひとつの違いは、密封系で反応が行えることですね。空気酸化などの副反応も抑えることができます。特に私たちのホウ素クラスター化合物などは空気酸化を起こしやすい反応があるのでそれを抑えられるんです。

─ フラッシュ自動精製装置Isoleraについてはいかがでしょうか?

切畑先生 :
Isoleraは順相・逆相の切り替えが1台でできるので簡単で便利ですね。私たちの最終化合物は水に溶けやすいことが多いので、水系の逆相を使いますが、それまでの工程は有機溶媒に溶ける形で合成することが多いため順相も使います。それを切り替えるのがIsoleraなら簡単にできるのでとても便利ですね。

大阪府立大学BNCT研究センターIsoleraを導入するまでに他社の中圧クロマト装置もたくさん使っていましたが、Isoleraは本当によくできた装置だと思います。ランニング中にフラクションを分けたいと思った場合でも、その場で別フラクションにできる臨機応変さは当時は画期的でしたね。ピークとフラクションコレクタとの連動もIsoleraは非常にしっかりしていると思います。

ただ、Isoleraのデメリットとしては、UV吸収の無い化合物を分離したときにどうするか、という点でしょうか。Isolera Dalton(マススペクトル検出フラッシュ自動精製装置)も紹介してもらいましたが、分子量範囲が小さいのでもうちょっと拡大してくれるといいですね。2000ぐらいも検出できるようになると汎用性はもっと高くなるでしょうね。

─ Isolera Daltonも含め、さらに先生のお役に立てるように装置開発をしていきたいと思います。今後のご予定などをお聞かせください。

切畑先生 :
BNCTは「集学的」治療のその例だといえるでしょうね。医学、薬学、物理、化学、臨床…多く学問に支えられている、という点も特徴ですね。PETプローブ合成装置は今は試作機ですが、うまくいけば平成30年くらいには実機を完成させて認可を得たいと思っています。そのために私も頑張っています。

─ この技術が様々な要素から成り立っていることがよくわかりました。とても勉強になるお話でした。なおかつ、そこに弊社の装置が使用されているというのが素晴らしいと感じます。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。

インタビュー実施:2015年6月
PDFファイルダウンロード(2.4MB)

導入製品

マイクロウェーブ合成装置
Initiator+

URL: https://www.biotage.co.jp/products_top/microwave-synthesis-work-up/ini_puls/

400W のシングルモード照射で、パワフルに温度制御するできるマイクロウェーブ合成装置です。操作性・安定性に優れたマイクロウェーブ合成装置として多くの研究機関で活躍しています。Initiator+ Eight は 8 本の連続反応が可能なオートサンプラー付きのため、大小さまざまなバイアルを手動で中断することなく、組み合わせに限らずフレキシブルに操作することができます。

導入機関

公立大学法人 大阪府立大学 地域連携研究機構
BNCT研究センター

「大阪府立大学」は、「大阪府立大学」(旧)、「大阪女子大学」及び「大阪府立看護大学」の大阪府立の3大学を統合・再編し、平成17年4月新たに設立された「公立大学法人大阪府立大学」が設置する大学です。3大学は、まさに設立以来半世紀以上にわたり、人材の養成や研究成果の発信と社会への還元等において、大阪府政の重要な一翼を担うとともに、我が国の学術研究と高等教育の発展に寄与してきました。BNCT研究センターは平成25年11月、なかもずキャンパス内に竣工した、BNCT用濃縮ホウ素薬剤研究に特化した世界初の施設です。BNCTの要素技術が集積する大阪・関西の地の利を活かして、BNCTの更なる進展の基盤となる新規ホウ素薬剤の開発研究を世界に先駆け推進します。