大阪大学 ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト

ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト

タンパク質-脂質精密親和性測定開発に
V-10を活用

ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト

大阪大学大学院理学研究科の ERATO 村田脂質活性構造プロジェクトでは、脂質とタンパク質の分子認識の研究を行っており、バイオタージの高速濃縮装置 V-10、フラッシュ自動精製装置 Isolera をお使いいただいています。高沸点有機溶媒の濃縮に重宝しているという V-10 ですが、それ以上に、この研究グループ独自の使い方も……。今回は特任准教授の松岡茂先生と研究スタッフの北嶋桃子さん、阿野光さんにお話をうかがいました。

ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト
大阪大学大学院理学研究科
ERATO村田脂質活性構造プロジェクト
松岡 茂 特任准教授

─ まず、ご研究内容について教えてください。

松岡先生 :
『タンパク質の脂質アルキル鎖認識機構』の研究を行なっています。

タンパク質には、脂質がくっついていることがあります。どんな脂質がくっついていても良いわけではなく、ある特定の脂質がまわりにくっついていることが重要になります。特に膜タンパク質は膜脂質疎水部を見分けていると考えられます。何となくくっついているイメージがありますが、実はそこに選択性があります。

膜脂質疎水部はただのアルキル鎖で、特殊な立体構造を取るとはとても思えないようなものをタンパク質がどうやって見分けているかがまだ解明されておりません。通常のタンパク質とリガンドですと、水素結合やイオン性相互作用で結合しているのですが、タンパク質と脂質の場合その指向性がありません。タンパク質がその分子の何を見分けているのかがカギとなるはずです。脂肪酸を見分けられればどんな脂質でも見分ける機構がわかるのではないかと考えています。

そこで私たちはタンパク質の脂肪酸アルキル鎖認識機構を解明するため研究を行なっています。脂肪酸アルキル鎖は、外来性分子やシグナル分子は比較的研究が進んでいるのですが、私たちは一番簡単なアルキル鎖の見分け方を解明しようと取り組んでいます。

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高速濃縮装置 V-10

─ タンパク質が脂肪酸のアルキル鎖を見分けている、というのは大変興味深いですね。

松岡先生 :
細胞膜の中で、親水部の研究は進んでおり、親水部機構を利用した創薬なども行なわれています。ですが疎水部分はほとんど研究されておりません。疎水性部を見分ける機構が解明できれば、今までの親水部標的に加え、疎水部標的を創薬のターゲットにすることもできます。新しい創薬のコンセプトを提供でき、最終的には新規医薬の開発が行なえるようになることを目指しております。50年くらいかかるかもしれませんが(笑)。一番根底の部分である『タンパク質の脂質アルキル鎖認識機構』をきちんと解明しようと今取り組んでいます。

─ 創薬の可能性が広がりますね。実際にはどのような方法で解明しようと取り組んでおられるのでしょうか?

松岡先生 :
タンパク質群には様々な種類があるのですが、化学反応を触媒する酵素のエンザイム、水に溶けない脂質と結合し水の中へ運んだり膜の中を通す働きをするトランスポーター、脂肪酸をキャッチしてシグナルに変換する受容体のレセプターがありますが、この中のトランスポーターは化学修飾せずアルキル鎖構造を見分ける際、ふわっと結合して見分けています。このトランポーターと脂肪酸の結合機構がわかれば、私たちの解明したい機構がわかってくるはずです。

そこでトランスポーターの中でもFABP(脂肪酸結合タンパク質)に着目して研究を行なっています。FABPも脂肪酸のアルキル鎖を見分けて、特定の脂肪酸と結合していますが、その際にどうやって選んでいるかを調べています。

◆精密親和測定にはリポソームが鍵!

─ 具体的な研究方法を教えてください。

松岡先生 :
様々な脂質とタンパク質であるFABPの親和性を調べることから取り組ん でいます。確率された測定方法がまだない中、私たちは『脂質-タンパク質精密親和測 定法』を開発しました。この研究にバイオタージさんの製品を使っています。開発した測 定方法というのは、シリンジ側から脂質をセル側に滴下し、セル中にタンパク質 (FABP3)を入れておき、脂質とタンパク質が結合した時に出る熱を測定しています。

その測定の結果、脂肪酸結合タンパク質が水分子を含むことで、水に溶けない脂肪酸の長さを見分けることがわかりました。これは化学雑誌『Angewandte』に論文が掲載されました。またこの『脂質-タンパク質精密親和測定法』についても現在特許取得しています。

─ 熱を測定して親和性の違いを調べるのですね。

松岡先生 :
この測定法を開発するにはとても苦労しました。単に脂肪酸をFABP3に滴下するだけでは熱が発生しません。脂肪酸をリポソームに入れたものを滴下しないと熱が出ないのです。この理由は、脂肪酸が疎水性であり直接滴下してしまうと油滴になって浮いたり、沈殿して固まってしまいFABP3とうまく結合できないためです。

そこでリポソームと呼ばれる細胞膜に脂肪酸を埋め込んで滴下します。このリポソームが測定にはとても重要な役割をしているのですが、このリポソームを作成ときにV-10を使わせてもらっています。

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(左から) 研究スタッフ 阿野光さん、松岡 茂 先生、研究スタッフ 北嶋桃子さん

─ リポソームに埋め込むというのは、ドラッグデリバリーのようなメカニズムなのですね。

松岡先生 :
そうですね、リポソームが運び屋さんになっています。普通のドラッグデリバリーでは、リポソームの中に封入することが多いのですが、私たちは膜の中に疎水性化合物を埋め込んでいる、つまりリポソームの中に閉じ込めるというより膜の中に埋め込んで いるのです。

─ アンパンの中に入れるのではなく皮の部分に入れるイメージでしょうか。

松岡先生 :
皮の部分だけ使って、中はからっぽというイメージですね。疎水的な化合物なので、疎水的な場所が重要なのです。中は水がつまっているため、そこには入りません。薄い皮の部分に脂肪酸をつけるのです。

◆均一の薄い膜をつくるのは、V-10が唯一の装置

─ リポソームを使用するのがとても重要なのですね。V-10がリポソーム作成に使われているのは、なぜなのでしょうか?

北嶋さん :
リポソーム作成では均一な薄い膜を作る必要があります。リポソームに均一に脂質を埋め込んだ状態の薄膜を作らないといけません。均一につくるためにV-10がすごく役に立っています。

─ なぜV-10では均一にリポソームを作成できるのでしょうか?

北嶋さん :
何点かありますが、まずはあの高速回転が非常に良いのだと思います。最初はフラスコとエバポレーターを使って作成していたのですが、膜が不均一に出来てしまっていました。エバポレーターはフラスコが斜めに傾いたまま回転させるので、フラスコの下の部分が濃かったり、フラスコが丸いため不均一になったりと、均一な膜作成はとても難しかったです。V-10は、高速に回転し、かつ容器が平面ですので均一に作成できます。こんなにきれいに出来たのは驚きでした。

松岡先生 :
温度コントロールできることも重要で、不安定な脂質を使う時はちゃんと温度コントロールができないといけません。きちんと温度設定ができるのもV-10が適していた理由だと思いますね。
もちろん、同時に濃縮ができるという点も重要でした。そういった複数の要素が重なった結果、驚くほど均一な膜作成ができるのだと思っています。

ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト
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実際にお使いいただいているV-10

─ V-10をそういった目的で使っていただけたのは先生が始めてだと思います(笑)。リポソーム作成になぜV-10を使うと出来ると思ったのでしょうか?

阿野さん :
実は、最初からV-10を使えば均一にできる、とイメージできていたわけではありませんでした(笑)。ただ、濃縮するために使用したのがきっかけでした。やってみると膜が驚くほどきれいで均一な膜作成ができていました。私たちもすごく驚きましたね。

─ V-10で、1日にどのくらいのサンプルを作られるのですか?

松岡先生 :
まだ大量に作成したことはありませんが、V-10にカローセルが付いているため多検体も連続で作成することができます。その点もV-10の良さですよね。エバポレーターではマニュアルでいちいち設定、1つ終わると外して次セットして・・・としないといけません。エバポレーターですと湯浴にフラスコを落としてしまうリスクもあります。

リポソームはV-10のおかげで比較的簡単に作成できます。有機溶媒濃縮も一瞬で終わりますから、早くていいですね。今私たちの研究で時間が必要になるのは熱測定の部分です。熱測定は1検体半日かかるのですが、V-10は1日で50個作成できるかもしれませんね。

◆高沸点溶媒濃縮でも、V-10はスピーディー

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実際にお使いいただいている
フラッシュ自動精製装置 Isolera

─ 多くのユーザーさんが、有機合成の際の高沸点溶媒をとばすのに使っていただいています。導入の際はそういった濃縮目的で使っていたのでしょうか?

松岡先生 :
そうですね。今も濃縮の目的でも重宝しています。研究推進主任の佐藤さんが前職からV-10を知っており、この研究室で高沸点溶媒の濃縮に苦労している際に教えてくれたのが導入したきっかけですね。まさかリポソーム作成に使うことにもなるとは思っていませんでしたが(笑)。

最初にバイオタージ製品を導入したのはIsoleraでした。合成のオートメーション化をしたくて、精製装置を導入しました。私たちの研究室は、違う分野の人たちが集まっており、有機合成の研究者は2、3人しかいません。少ない人数で結果を出すためには、なるべくルーチンワークを軽くしたかったのです。

◆バイアルにバラエティがあればなお良い

─ Isolera、V-10と弊社製品がお役に立てて嬉しいです。製品に対して何かご要望はございますか?

松岡先生 :
リポソーム作成では、遮光した茶色のバイアルがあればいいですね。光に弱いものもあるので褐色タイプがあると助かります。また酸素に弱いものもあるので、不活性置換ができればいいですね。キャップがあってバッファーもいれた状態でリポソームができると最高なんですが…。V-10がリポソーム作成用に進化してくれると嬉しいなと思います(笑)。このサイズで自動でリポソームをつくる装置って世界でないと思うので、そういった機能もつき、リポソームに特化した装置にV-10がなれば世界で唯一の装置になるとおもいます。

阿野さん :
有機合成で使用する際の要望とすれば、バイアルでなくフラスコも使用できるようになると良いですね。フラスコだと濃縮後、次の反応にそのまま使えますので。

◆今後はV-10を使って基盤技術、仲間作りを

─ 『脂質-タンパク質精密親和測定法』は様々な分野で応用できそうな技術ですよね。

ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト松岡先生 :

そうですね。創薬関係や医学部から共同研究の問合わせが多くなってきました。脂質が注目されている証拠ですね。医学でも脂質が鍵になっている化合物があり精神疾患や代謝に有効です。研究者がそれぞれ注目しているタンパク質があり、それには脂質がくっついているので、その実験を使わせてくださいと言われますね。それぞれの研究者で同じようにやっていただけると様々なタンパク質での比較も取れますしね。

私たちが取り組んでいるのはまだこれだけですが、もっと広範囲で研究が進めばリピドミクスに貢献できるのではないでしょうか。

─ 是非弊社としても研究者の方々を増やす“仲間作り”のお手伝いさせていただきたいと思います。本日は貴重なお話、誠にありがとうございました。

ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト

インタビュー実施:2015年6月
PDFファイルダウンロード(2.3MB)

導入製品

高速濃縮装置 V-10

URL: https://www.biotage.co.jp/products_top
/evaporation/v10_top/

NMP や DMSO などの高沸点有機溶媒、もしくは水系の HPLC フラクションなどを留去できる濃縮装置です。通常のエバポレーションでは留去が難しい溶媒をバイアルを用いて短時間で乾燥させます。高速バイヤル回転、加温エアー吹き付け、そして減圧の3種の技術を組み合わせることで、従来のロータリーもしくは遠心タイプに比べて最大40倍もの速さでサンプルを濃縮します。

導入機関

大阪大学 ERATO 村田脂質活性構造プロジェクト

URL: http://www.jst.go.jp/erato/murata/

国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業「ERATO」は基礎的な研究を充実させ、工業立国を建設していく理念のもとに昭和56年(1981年)、創造科学技術推進事業(Exploratory Research for Advanced Technology;ERATO)が発足、その後第2期科学技術基本計画や総合科学技術会議の推進戦略など、新しい時代の要請を踏まえて発展的に解消しましたが、平成14年度(2002年度)、呼称はそのままに、戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO)として新たなスタートをきりました。「産」「学」「官」「海外」からプロジェクトに最適なメンバーを集めており、研究業務を行う複数の研究グループと企画推進業務を行うプロジェクトヘッドクォーターにより編成されています。大阪大学大学院理学研究科のERATO村田脂質活性構造プロジェクトでは、脂質分子の構造解析を通じて、機能分子である膜脂質や膜タンパク質の構造や動態を解明するための学術的基盤を作ることを目指しています。