がんをはじめとする
各種疾患の新規治療薬開発へ
~創薬化学研究にInitiatorと
Initiator+ Peptide Workstationを活用~
岐阜薬科大学 創薬化学大講座 薬化学研究室
岐阜薬科大学 創薬化学大講座 薬化学研究室の永澤秀子教授の研究室では、バイオタージのマイクロウェーブ合成装置「Initiator」、ペプチド合成用アクセサリ「Initiator+ Peptide Workstation」を導入し、有機化学を基盤とした創薬研究の合成に活用されています。「合成方法を考える選択肢をひとつでも多く与えられたらと思っています。」と話す永澤教授に、導入の背景や大学での創薬研究についてなど幅広くお話をうかがいました。
─ まず、先生のご研究について教えてください。
永澤教授 :
研究室全体としては、有機化学を基盤とした健康に貢献できるようなものづくりとしてがんをはじめとする様々な疾患の創薬開発やケミカルバイオロジー研究を行っています。
私の他に奥田健介准教授と平山祐助教の3名で、それぞれ創薬化学や有機化学、錯体化学といった多様なバックグラウンドの人材が集まっており、さまざまな角度から病態の解明や治療に寄与できる機能性分子をデザインし、合成していくという研究を行なっています。
がんの微小環境に着目した研究にも取り組んでいます。がん細胞は低酸素や低栄養、低pHといった通常の細胞とは異なった環境に適応して生存していくための特殊なシステムを持っています。そうした環境特性に着目し、例えば低酸素で選択的に活性化する蛍光プローブやプロドラッグの開発などを行なっています。発することを目指しています。
◆反応の可能性をマイクロウェーブが広げる
─ そのような中、弊社のInitiatorをご使用いただいていますが、マイクロウェーブに着目し始めたきっかけは何でしょうか?
永澤教授 :
随分前からマイクロウェーブに注目していまして、事例を目にするようになり始めた頃からからこういった手法にとても興味がありました。
反応のエネルギーソースはマイクロウェーブだけではなくいろいろありますよね。例えば、ウルトラサウンドやマイクロバブル、放射線など、さまざまな反応場における化学反応にも興味があります。
私はそういう物理化学的な相互作用に興味をもっており、以前から合成にマイクロウェーブを使ってみたいと思っていました。そこで、最初の頃は家庭用の電子レンジを使用しました。幸い爆発には至りませんでしたが、ドアが壊れたり、電子レンジを何台も使えなくしてしまいました(笑)。
さまざまな試行錯誤を経て、やっと研究費が入った時にマイクロウェーブ合成装置を導入することができ、学生と一緒に喜びました。
─ 数ある装置の中、Initiatorを導入した経緯などを教えていただけますか?
永澤教授 :
がんの治療の中で温熱治療という治療法があるのですが、当初、温熱治療の装置を開発している会社のエンジニアの方に、マイクロウェーブを使って反応したいと、試作品をつくってもらいました。また、学会などの機器展でマイクロウェーブ装置の情報を集めていました。
そんな中、もう8、9年ほど前になりますがNIH(アメリカ国立衛生研究所)の創薬化学のラボを訪ねることが有り、そこの実験室にバイオタージのInitiatorが入っていました。機械の青く爽やかなイメージも印象的で、帰ってからそれを思い出して、デモをしていただきました。実際に学生にも使って貰った評判もよく、世界中で使用されている実績もあったことから、この装置を導入することにしました。
◆1台で“有機合成”と“ペプチド合成”両方で活躍
─ Initiatorは世界中で使用されていますからね。実際に使われてみていかがですか?
永澤教授 :
研究者って、せっかちだと思うんですよ(笑)。こういう研究をやっている人たちは、せっかちだけどねばり強いというのが必要ですよね。そういった研究には適した装置だと思います(笑)。3分や5分で1反応でき、長くても30分程度反応させて確認し、反応の方向性を検討することができます。オーバーナイトで反応させてチェックして、また違う条件で…と検討しているのとでは検討できる反応数が全く違いますよね。
反応の再現性を検証する上で、温度だけでなく、電力や圧力が記録され、設定温度に到達するまでの様子もモニターしながら操作ができる、といった部分も良いですよね。Initiatorを用いて行われた論文や先行例も多いので、それらを参考に反応条件の検討を効率的に行うことができます。
また、これまでの例に捕らわれず、いろんな反応をマイクロウェーブで試してみようと学生に勧めています。学生も、情報収集好きで既存データを重視するタイプや反対に他人の言うことは疑ってかかるタイプなど様々ですので、新しいマシンが入った時の食いつき方も色々です(笑)。どの方法を使うかは研究する本人に任せていますが、反応を考える上で選択肢をひとつでも多く与えて、多面的に考え、自由に発想してもらえたらと思っています。
そういった中から生まれた成果のひとつに、ホウ素クラスターをマイクロウェーブで素早く合成する方法の開発が挙げられます。私たちが取り組んでいるがん研究のひとつとして、中性子捕捉療法(BNCT)というものがあります。BNCTでは、ホウ素の安定同位体10Bを含む分子をがん細胞にだけ取り込ませてから熱外中性子を照射します。熱外中性子は私たちの体にはほとんど害は及ぼしませんが、ホウ素10Bの核反応を引き起こして放射線を発生させ、10B原子を含んだ細胞にだけ障害を与えることができます。
このような原理から、BNCTは正常細胞に害を及ぼさないがん選択的治療法という点で、画期的な治療法だと考えられています。ただしそれを達成するには、10B原子をがん細胞に選択的に取り込ませることが必須になります。そこで、化学の力で物質をがん細胞に送達させるための「ホウ素キャリア」の開発を行っており、このテーマは、くすりでありながら薬理効果を持たない分子をつくるとてもユニークな創薬研究だと思って取り組んでいます。
そういった背景から、10個のホウ素と2個の炭素と水素で構成されたホウ素クラスターを含むホウ素キャリアの開発も行なっています。研究していく中では、既存のホウ素クラスターだけではなく、標的のがん細胞までホウ素クラスターを送達させるために、種々の置換基を導入する必要がありますが、そのようなホウ素クラスター合成にもマイクロウェーブを取り入れて、より効率的に短時間で合成する方法を確立することができました。
さらにホウ素クラスターをがん細胞に送達するために、ペプチドケミストリーを取り入れた研究も 始めています。
─ そのペプチド合成にInitiator+ Peptide Workstationを活用していただいているのですね。
永澤教授 :
そうです。ペプチド合成自体は別の研究テーマでも行っていたのですが、ペプチドを薬物送達のために使ってみようと思い、2013年くらいにInitiator+ Peptide Workstationを導入しました。マイクロウェーブペプチド合成法は今では確立された手法になっていますよね。ペプチドは非常に可能性のある分子なので今後も着目して研究していこうと考えています。
実際にペプチド合成をしているのは学生の1割程度で数名ですが、ペプチドを利用した研究テーマは常に行っており、少しずつ異なる多様な配列のペプチドや修飾基をつなげたペプチド類を簡単に固相合成できるマイクロウェーブ反応は重要。そういったなか、今までのシステムにInitiator+ Peptide Workstationを加えることができたことは大変有り難いですね。
─ Initiatorの良いところは有機合成でもペプチド合成でも同じバイアル(反応容器)が使える点ですよね。
そうですね。1台で色々な有機合成反応とペプチド合成の両方ができ、とても役立っています。
◆スケールアップが課題
─ 弊社への要望がありましたら、教えてください。
永澤教授 :
今はスケールが限られているのが、少し残念ですね。短い時間で反応できるので、同じ反応を何回もすることである程度の量の合成もできていますが、1度にそれができるともっと良いですよね。マイクロウェーブという特性上、厳しいとは思いますが…。
─ スケールアップは求められる部分ですよね。弊社の装置は、均一にマイクロウェーブを照射することを重視していますが、今後はこのスケールアップの課題に取り組んでいく必要もありそうですね。
◆ユーザーミーティングで、企業研究者と学生の交流を
─ 他にご要望など、御座いますでしょうか?
永澤教授 :
御社は反応も分離も精製も全て効率化する点に注目されていますよね。生理活性物質や機能性分子の有機合成で一番手間暇がかかるところがセパレーションの工程ですから、その効率化のための方法を取り入れることはとても大切なので、ぜひ学生にもそれを学んでもらいたいですね。
こういったユーザーインタビュー記事で他のラボの様子を知ることも学生には非常に参考になると思います。大学間での研究環境の違いもですが、企業の研究環境や研究者の姿勢などがこういったインタビューから学べるので大変興味深いです。
私たちの研究室の学生の多くが、製薬企業を希望し、実際に就職する学生もたくさんいますので、企業の研究者のインタビューなどから『効率重視』を実現するための方法や集中的な時間の使い方などを学んで欲しいですね。
さらに言うと、記事からだけでなく実際に会社の研究者の方々とお話ができるユーザーミーティングのようなものがあればいいかもしれません。企業の創薬研究とはどういったものかを直接お聞きできる場は貴重ですから、そういったチャンスがあれば学生もよい刺激をうけて、少しでも効率を意識して研究に取り組むきっかけになると思いますので、今後是非やっていただきたいですね。
─ ユーザーインタビューに取り組んでいる弊社がさらに行なうべき課題ですね。そういった交流の架け橋に弊社がなれるよう努力していきたいと思います。本日はお忙しいなか誠にありがとうございました。
記事掲載日:2015年6月15日
PDFファイルダウンロード(2.2MB)
導入製品
マイクロウェーブ合成装置Initiator
URL: https://www.biotage.co.jp/products_top/microwave-synthesis-work-up/ini_puls/
1400Wのシングルモード照射で、パワフルかつ精密に温度を制御します。操作はタッチパネルスクリーンを採用し、PCなどの余計なスペースを必要としません。操作性・安定性に優れたマイクロウェーブ合成装置として多くの研究機関で活躍しています。
マイクロウェーブペプチド合成用アクセサリ
Initiator+ Peptide Workstation
URL: https://www.biotage.co.jp/products_top/peptide-synthesis-purification/ipw/
マイクロウェーブ技術を低コストでペプチド合成に適用することができる、魅力的なソリューションです。マイクロウェーブペプチド合成用バイアルとウォッシュステーションで構成されており、標準の Initiator のシステムでペプチド合成とクリベージを行う事が可能です。
導入機関
岐阜薬科大学
URL: http://www.gifu-pu.ac.jp/
岐阜市立の公立大学。昭和7 年4月、前身の岐阜薬学専門学校が市立として全国に先駆けて創立された。昭和24 年3月、学制改革に伴い岐阜薬科大学として新しく発足、昭和28 年4月には大学院(修士課程)を、さらに昭和40 年4月には博士課程を設置した。国立大学法人岐阜大学との連携も行っており、平成16年6月、岐阜大学医学部附属病院移転に伴い「附属薬局」を開局、平成17 年10月「先端創薬研究センター」を設立。薬学科(6 年制)と薬科学科(4 年制)を併設し、卒業生は1万人を超える。薬科学科の創薬化学大講座薬化学研究室では、有機化学を基盤として生体機能や病態の解明に挑むケミカルバイオロジー研究を通して、がんの新規創薬ターゲットの探索や医薬品シーズの創出を目指す創薬研究を推進している。