ライフサイエンスに関連するトピックを毎月お届け致します。10回目となる今月は、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)に対する『T細胞のはたらき』についてご紹介致します。mRNA、スパイク・タンパク質や PCR といったサイエンティフィックな用語は、コロナ禍において「普段は馴染みのない」方々も耳にするようになりました。ワクチンについてはニュースなどで報道されていますが『T細胞のはたらき』については、あまり語られていません。そこで新型コロナウィルスに対する『細胞製免疫』について「もっと知りたい」という読者の『心』をくすぐる論文をご紹介致します。
新型コロナウイルスに感染すると、わたしたちの体内では抗体をつくる B 細胞(液性免疫)や*1 T細胞(細胞性免疫)による「ウィルス除去」の連携プレーがはじまります。しかしながら、ウイルスにダイレクトに結合し活動を抑える抗体にくらべ、T細胞への注目は控えめでした。
そこで筆者らは以下に記す2つの戦略を練りました…、
① どのような*2 受容体 をもつ*3 T細胞クローン が新型コロナウイルスの除去に適するのか?
② 新型コロナウイルス抗原の『どの部分』が有効な細胞性免疫を誘導できるのか?
その結果、以下に記す3つのことがわかりました。
① COVID-19 から『回復中の患者さん』で共通して増えている T細胞クローンの存在
→ このクローンをもつ『患者さん』は重症化しにくい。
② 上記の T細胞クローンが認識する抗原配列
→ スパイク・タンパク質の S2 領域にあり、類似のコロナウィルスには保存されていない。
③ 同定した配列は、ある「細菌」がもつ配列
→ 新型コロナウイルスへの「レスポンス」が個人差によって異なる要因?
*1 T細胞;免疫細胞であるリンパ球の仲間で、バクテリアやウイルスに感染した細胞や「がん細胞」をみつけ出し駆除する。細胞性免疫における中心的なプレーヤーである。病原体由来の抗原を特異的に認識し、抗体産生を誘導する『ヘルパーT細胞』とウイルス感染細胞や「がん細胞」を直接排除する細胞障害性活性をもつ『キラーT細胞』に大きく分かれる。
*2 受容体;ここでは T 細胞受容体(TCR)とする。T細胞の表面上にあり、抗体のように「さまざまな抗原」に対応できうる受容体がつくられる。バクテリアやウイルス由来のタンパク質の「一部断片;約10アミノ酸」を抗原として認識する。T細胞受容体が抗原を認識すると、細胞内にシグナルが走り免疫系統にスイッチがはいる。
*3 T細胞クローン;T細胞受容体は抗体と同じく「さまざまな抗原」に対応できるよう、それぞれ異なる受容体が遺伝子再構成によりつくられる。ひとつずつ異なるため、それぞれが T 細胞のクローンとなる。感染により『選ばれた者;クローン』は増え、免疫応答をひきおこす。
筆者らは、はじめに以下に記す実験をおこないました(図1)。
① 『健常者』と『COVID-19 から回復中の患者さん』から採取した*4 PBMC をさまざまな新型コロナウィルス抗原にて刺激。
② 活性化したT細胞をさまざまな activation marker を利用しセル・ソーターにて分取。
③ 回収した細胞を『single-cell level』で「TCR の配列」と「mRNA の発現」を同時に測定できる技術(1細胞 TCR & RNA シークエンス)を利用して解析。
ここから得られた情報をベースに TCR クローンの結晶構造を明らかにし、抗原の同定へと研究を発展させていきました。筆者らは、その抗原がスパイク・タンパク質内の「ある領域」であることを発見し、これを認識するT細胞クローンをもつ『患者さん』は効率的にウィルスを体内から除去し「軽症で回復もはやい」傾向にあることを最終的に証明しました(図2)。
*4 PBMC (peripheral blood mononuclear cell); T細胞、B細胞、NK細胞、単球や樹状細胞などのさまざまなリンパ球を含む。
図1: Molecular mechanism of interaction between SARS-CoV-2
and host cells and interventional therapy
Signal Transduction and Targeted Therapy (2021) 6:233
https://doi.org/10.1038/s41392-021-00653-w
Zhang et al.
Figure. 5を一部改変
図1の解説;COVID-19から『回復中の患者さん』と健常者から採取した*PBMC をさまざまなCOVID-19抗原にて刺激
活性化したT細胞を各種 activation marker を利用しセル・ソーターにて分取したのち、得られた産物を『1細胞レベル』で「TCR の配列」と「mRNA の発現」の解析をおこなった。
図2:Identification of conserved SARS-CoV-2 spike epitopes that expand public cTfh clonotypes in mild COVID-19 patients
J. Exp. Med. 2021 Vol. 218 No. 12, e20211327
https://doi.org/10.1084/jem.20211327
Lu et al.
論文から得た着想を一部改変
図2の解説;COVID-19 から『回復中の患者さん』に共通して存在する T細胞クローンを同定
上段;「今回の研究」にて同定した TCR クローンをもつ population。新型コロナウィルスに感染しても TCR クローンが増殖し「ウィルスを除去」してくれるので、軽症で回復も早い。
下段;TCR クローンをもたない population では「ウィルスの増殖」を抑えられず、結果的に重症化してしまう。
新型コロナウィルスの表面に局在するスパイク・タンパク質は『ホスト細胞』への感染において重要な役割をにないます(図3左)。その構造は、おおまかに2つのパートに分かれています。前半部分を S1、後半部分を S2 といい、前者には RBD(receptor binding domain)が含まれます(図3右)。このドメインは『ホスト細胞』の膜上に局在する ACE2(angiotensin converting enzyme 2)受容体に結合するのに必須なドメインですが、ここには頻繁に変異が入るため、抗体や TCR の認識配列には不向きであることが知られています。
筆者らは、同定した抗原配列に似たものをデータベースにて確認したところ、数種のバクテリアが同じ抗原配列をもつことを突きとめました。さらに、これらが同定した T細胞クローンを活性化することも証明しました。それゆえに、これらバクテリアの保有が、個人の新型コロナウィルスへの反応に「差をもたらす要因」であることが示唆されました。今後は、これらバクテリアを「もつか、もたないか」が『重症の予測』につながるかもしれません。
スパイク・タンパク質の構造や役割については、今月だけでは話し切れませんので「次回の掲載」に致します。楽しみに待っていてください!
図3: Structural and functional properties of SARS-CoV-2 spike protein: potential antivirus drug development for COVID-19
Acta Pharmacologica Sinica (2020) 41:1141–1149
https://doi.org/10.1038/s41401-020-0485-4
Huang et al.
Figure. 1より
図3の解説;同定した TCR クローンが認識するのはスパイク・タンパク質の一部
左;新型コロナウィルスの模式図。スパイク・タンパク質は「3量体」を形成する。
右;ホストの細胞の ACE2 受容体に結合し、侵入を図る新型コロナウィルス。
新型コロナウィルスの感染メカニズムを紐解き、治療薬開発へと結びつけるため、世界中の研究員たちは莫大な数の…、
① プラスミド DNA の精製
② 抗体の精製
③ in vitro/in vivo での評価
上記の3つを継続的に「ひとつひとつ」入念におこなう必要があります。
これらを「ひとつずつ」マニュアルで検証していくと莫大な労力、時間や資金を要します。それゆえに「同じ条件」で「再現性高く」これらのステップをおこなうには、ロボットによるオートメーションが求められてくるでしょう。
このような要求に応えられるよう、わたしたち Biotage®はオートメーションに適した製品を数おおく提供しています。
① PhyTip®カラムはタンパク質、抗体やウィルスの精製に適した製品であり、さまざまなアプリケーションに対応しているので、主要なリキッド・ハンドラーに搭載することができます。
② PhyPrep®は自動でマキシ〜ギガ・スケールのプラスミド DNA を精製するロボットです。得られる産物はエンドトキシン・フリーですので、そのまま transfection に利用できます。
Biotage®は「Labオートメーション」を推しすすめ、研究者をルーティンから解放することで「貴重な時間」を提供しています。
参考文献
-
- Identification of conserved SARS-CoV-2 spike epitopes that expand public cTfh clonotypes in mild COVID-19 patients
J. Exp. Med. 2021 Vol. 218 No. 12, e20211327
https://doi.org/10.1084/jem.20211327
Lu et al. - Structural and functional properties of SARS-CoV-2 spike protein: potential antivirus drug development for COVID-19
Acta Pharmacologica Sinica (2020) 41:1141–1149
https://doi.org/10.1038/s41401-020-0485-4
Huang et al. - Molecular mechanism of interaction between SARS-CoV-2
and host cells and interventional therapy
Signal Transduction and Targeted Therapy (2021) 6:233
https://doi.org/10.1038/s41392-021-00653-w
Zhang et al.
- Identification of conserved SARS-CoV-2 spike epitopes that expand public cTfh clonotypes in mild COVID-19 patients